政治と金と個人の意識

category:アメリカ
tag:比較文化

Mixiで、R25の記事『日本で「個人献金」が定着しないのはなぜ?」という記事を読み、ちょっと思ったことなどを書こうと思う。

オバマ次期大統領は「640億円」という献金を殆んど小口政治献金から集めた。実際私の友達でも、「生まれて初めて政治献金した」という人が多い。
献金の意識は、日本とアメリカでは大きく違う。それは、「政府」というものに対する意識の違いでもあり、また、制度の違いでもある。

日本は、記事にあるように、日本人は最初から税金を払ってしまっている。どの政党にどうお金が行くかは、政府の決めること。国民一人一人の判断ではない。

これは、政治に限らず、NPO(非営利団体)に対する対応も同じ。政府が税金でお金を集めてそれを再配分するという仕組み。

アメリカでも非営利団体は、政府からの補助金を受けている。でも依存率は極めて低く、一般からの寄付が主。NPO団体に寄付をした人達は、税金の控除が受けられるという仕組みにもなっている。


お上がお金を集めてお上が配分するのではなく、一般市民が自分の意志で、政府の代わりにお金を寄付し、政府はその分税金を安くする。

この仕組みは、アメリカそのものが「小さな政府」を好む歴史をもっているから。世界のあらゆるところで戦争起こして何言ってるねん?という感じもするが、気質的にそういうところがある。

今回のオバマ氏に対する寄付金も、熟練共和党政治家のマッケイン氏が企業との太いパイプを持っているのに対し、「自分達の政府は企業によって動かされるんじゃない」という、ここ数年の鬱憤が爆発した感じがある。

政府ではなく、個人のお金で事が動くと、機動性・融通性がもっと利くと思うのである。日本で感じる「停滞感」も、そもそも、政府が大きすぎる事に起因しているの思うのだ。

私が、政府にお願いしたい事は、社会保障ぐらいなもの(それはアメリカでは著しく悪い)。芸術にしろ、教育にしろ、もうちょっと「個人」のお金で動くようになれば、「お上頼み」「他人任せ」な状態から、個人の意識が抜けていくように思う。

「仕組み」と「気質」どちらが先に来るのかはわからないけれど、この両方が揃わないと、中々形として現れるのは難しいと思うのだ。

「政治へのお金を税金で自動的に払わせられるよりも、国民ひとりひとりが個人で選択して献金するほうがすっきりする気もするのだ。」(記事より)という言葉に私は大賛成で、そういう仕組み作りますという政治家が現れないかなと、切に願うのである。




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2008年12月22日

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