おくりびと にみる日本

category:芝居・映画の事など
tag:映画感想

昨日テレビで映画「おくりびと」観た。久々に観た日本映画、「日本らしさ」が沢山あってシミジミ。今度はDVD借りてCM無しでゆっくり観ようかなと思う。そろそろ新作特別料金ではないだろうし。。。

どうして、ここまでけち臭くなるかと言うとアカデミー賞受賞時に書いたブログ記事にもあるように、「観てみたい」と思う一方で、主役二人の演技力に?マークを持っているから。周りの役者人は整っているが、主役が怪しいのでは、なかなか二の足を踏む。


で、丁度良くテレビで放映していたので見てみたが、本木雅弘こと、モックンは予想に反する部分があったけれど、広末涼子氏期待を裏切らずというところだった。
そもそも、この納棺師という仕事。普通日の目を浴びる事はない。「死を扱う仕事」という意味では、映画の中にもあるように「後ろめたさ」を持つ人もいるだろうし卑下する人たちだっている。

そういう中で、山崎努氏扮する佐々木 生栄の所作は、無心の境地というか美の境地というか納棺道の世界を感じさせる。

初めは高給に目のくらんだ主人公が、後ろめたさを持ちながらも次第にその道に入っていくのも理解できるというものだ。

映画を観ながら驚いたのは、モックンの所作の美しさ!チェロを弾く姿も様になっているし、納棺師としての所作も美しい。なんだか日舞や華道・書道の世界を見ているような、背筋がシャンと伸びた姿はとても絵になる。

キャラクター作りと言う面では、やはり周りの役者人の中では奥深さとか人生を感じさせるものに欠けていたし、まだまだ「固い」という印象があったけれど、この立ち居振る舞いの美しさをみると数年先が楽しみ。

その一方で、広末涼子氏の演じる奥さんは上滑り。なんか、もう、台詞を言えば「女優」じゃないんだよ!と言いたくなる。彼女のキャラクターがもっとしっかりしていれば、この映画の深みが増したように思うのだ。


山崎努氏の「うまいんだな。困った事に」の台詞の奥深さ。余貴美子氏のかもし出す場末感。吉行和子氏と笹野高史の台詞なんていらない恋愛などなど、登場するキャラクターが魅力的なだけに、この奥さんの軽さがイラっとくる。

イラっとくるから、じゃぁ、自分の旦那が「第二の人生は、納棺師になる」と言った時どうする?という思いも引き起こさない。
「えー、だってぇ、死体を拭いたりするんだよぉ。汚いよぉ。子供も苛められるしぃ。」という甘ったるいしゃべり方が聞こえてくる。なんてツマラン。

まぁ、そういう人は世の中に沢山いるしね、それはそれで、そういう人を演じているという事にはなるのかもしれないけれども、
Life like Drama is interesting, but Drama like life is not.
「ドラマのような人生は面白いけれど、人生のようなドラマは面白くない。」
演技の教授が言った言葉だけれど、つくづくそう感じたのであった。


ところで、「おくりびと」について書いているブログを読んでいたら、てkてkさんのブログ那覇TekTekさんでこんな情報が載っていた。↓
今の世の中葬儀セットもネットで買えるらしい。「おくりびと」の世界観とはかなり違うドライさである。便利って良い事なのか。「おくりびと」の美しい山形の映像を思いながら考えてしまう。

↓カテゴリ100位内目指してます。
人気ブログランキングへ
2009年09月22日

海外旅行ブログ村| 英語ブログ村
| 芝居・映画の事など| 映画感想| | Comment(0) | TrackBack(0)
| このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック
コメントを書く
お名前: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]
※画像の中の文字を半角で入力してください。


 ※桜が承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。