もちろん、ショーの規模も技術も私の知っている世界とは桁違いだけれど、モノをつくる気持ちは一緒。そんな風に観ていたら、思いがけない気持ちに襲われた。
映画をみて、なにより驚いたのは、マイケルのダンス力の凄さ。彼よりずっと若いダンサー達が肩で息をしているのに、彼はスーッとポーズを決めて静止しているのである。50歳とは思えぬその燐とした立ち姿。
誰だったか覚えていないけれど、やはり年を重ねたダンサーのインタビューで、「40代になって力が衰え踊り続けるのがシンドクなったけれど、逆に無理をしなくなった事で、却って自然に踊れるようになったように思う。」とあったのを思い出した。マイケルも丁度そんな感じ。
彼の動き一つ一つ、マイケルはそうやって歩くのではないかと思うほど自然なのだ。
なにせ、初めのうちは衣裳だと思っていた洋服が、映画が進むにつれ何度か登場するので、「あ、これは普段着なのね。」と気付かされるような状態である。マイケルはムーンウォークでいつも歩いたと言われても驚きやしない。
そんなマイケルの凄さもさることながら、やはり私の目を引いたのは、リハーサル過程。
彼の曲をメインに構成されているから、それ程「舞台裏」が見られたわけではないけれど、それでも垣間見る瞬間瞬間に、この巨大なショウを組み立てる難しさが見えてくる。
音楽や照明に特殊効果それぞれと、マイケルやダンサー達のタイミングを合わせ作り上げる事は並大抵の作業でない事は想像に難くない。
まして、マイケルの音に対するこだわりは、当然の事ながら、とても強い。時には、嫌な空気が漂った事もあったようだ。
そんな中、マイケルは魔法の言葉を使った。
"That's what the rehearsals are for."
リハーサルでミスが起る事は良くある事。けれども長いリハーサル過程では、小さなミスが一触即発のムードを作り出すことがある。
"That's what the rehearsals are for."
「そのためのリハーサルさ。」
は、ミスをポジティブなエネルギーに変える力を持つ。
実際、リハーサル中のミスは良い事なのだ。本番で失敗が起らないよう事前の修正ができるチャンスなのだから。
そうやってムードを切り替える事が、より素晴らしい本番を作るためには必要不可欠。私自身、この言葉に何度救われたかわからない。
映画の終盤、舞台上のマイケルに興奮するバック・ダンサー達のシーンがあった。セットの状態から舞台でのリハーサルが始まったばかりと思われる頃なのだが、彼らは殆ど仕事を忘れて一ファンと化していた。
マイケルに憧れダンスを始めた彼らが、マイケルと共に舞台に立ち踊るのである。その興奮は、厳しいリハーサルを耐えても余りあるものだったのかもしれない。
そう気付いた時、初めて心底思った。マイケルには生きていて欲しかったと。彼と踊る事を夢見つづけ、そして長いリハーサルを耐え抜いていた彼らのために。
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